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舞台裏トーク
第2回公演 器楽劇『ロミオとジュリエット』を終えて
Live Acoustic Theater JAPAN
第2回公演 プロデュース 櫻木 禪 インタヴュー
青島 みどり (聞き手)
◆器楽劇という舞台形式
青島 この度は、第2回公演の開催おめでとうございます。
禪 どうもありがとうございます。
青島 前回公演のような演劇に近い舞台を想像していましたので、最初はびっくりしました。
スクリーンに演奏者のセリフを文字で表現するのは面白いですね。
禪 字幕は今回初めて試してみましたが、楽器の演奏中に言葉で意味を加えられる点はよ
かったと思います。
青島 逆に、ロミオとジュリエットが演奏していない時は、セリフをしゃべってもいいような
気もしましたが?
禪 その点は、脚本を書くときにかなり悩みました。青島さんは前回公演もご覧になったの
で特にそう感じられたのではないでしょうか。実は、ロミオやジュリエットが発声もす
る脚本も書いたんです。でも、楽器演奏を専門とする人に発声を求めてしまうと、一日
の楽器練習は何時間も必要ですから、発声練習もしなければならないとなると声楽をか
けもちするくらいの負担になって、出演そのものを敬遠されてしまいます。演奏に加え
て身体表現をするにとどめたからこそ、楽器演奏者の出演の承諾を得ることができた面
があるんです。確かに前作の『パリのアパルトマン』の時は、芸大の演劇部で、楽器の
演奏ができて演劇もやっているという役者さんが見つかったので、演奏と発声の両方を
やってもらいましたが、今回その人は大学院受験のため出演してもらえませんでした。
演奏・身体演技・発声のすべてに挑戦してくれる人って、なかなかいないんです。学生
オーケストラのコンサートマスターとか、色々声はかけてるんですけどね。今後器楽劇
の公演を続けていけば、演奏と発声を両立できる人が育ってくるかもしれませんが…。
演奏者のセリフを一部、録音による吹き替えにすることも考えたのですが、今回は見送
りました。
青島 演技のできる演奏家って、そんなに見つからないものなんですか。今回の出演者のみ
なさんの演奏、上手でしたね。特にジュリエットのフルートがよかった。きれいな音で
した。
禪 今回は演奏レヴェルを優先して公演を企画してきましたので、そう言っていただけると
うれしいです。でも、曲目が決まってから本番までの期間が短かったこともありますか
ら、本人たちはそれほど満足していないと思いますよ。
青島 演奏家が身振りまでするのは大変でしたか?
禪 今回は限られた練習時間の中で欲は言えませんので、キャストに、最低限、演奏と場面ご
とに舞台の出入りができればいい、それ以上の演技・身振りはリハーサルを通して加え
られる範囲で加えてもらえればいい、と言っていました。今後は、手に楽器を持ってい
る演奏家がどこまで美しく動き、演技できるかが、器楽劇の課題だと思いますね。楽器
演奏家は本質的に、所作においても指先まで繊細な神経が行き届くと思うんです。器楽
劇の練習を積んだ演奏家が普通のコンサートに出演したときに、顔の表情も豊かだ、
ステージでの動きがきれいだ、さすが器楽劇演奏家だ、と言ってもらえるようにしたいです。
それと、楽器を持ち歩けないピアノ奏者の位置づけについても、楽団でなくキャストとしての
参加ができないか模索していきたいですね。
◆選曲について
青島 曲はだいたい場面にあっていたと思いますけど、選曲は櫻木さんがされたんですか?
禪 基本的にはそうです。脚本を書く時、演奏場面ごとに、まず曲のイメージというか、標
題を書きとめておきます。本当はそのイメージ通りに自分で作曲してしまいたいんです
が、現実には、他の誰かに作曲を依頼するか、既存の曲を使うか、その両方を考えました。
青島 今回は有名なクラシック曲ばかりが演奏されましたが、オリジナル曲の採用も視野にあっ
たということですか?
禪 視野にあったというよりも、本当はオリジナル曲が理想なんです。器楽劇が一つのジャ
ンルとして確立したら、オペラのヴェルディ、みたいに、器楽劇の誰々、という作曲家
が活躍してもいいんじゃないかと思っています。今回の公演は、音大の作曲科系の人
数名にオリジナル曲を依頼し、新曲の初演会として器楽劇を上演しようと構想も描い
ていましたが、残念ながら依頼が遅くて新たに作曲するのは間に合わないということに
なり、有名な作曲家の曲を使って上演することになったんです。名曲の持っている力を
信じました。
青島 櫻木さんも作曲されるんですよね?
禪 私が続けてきた音楽活動の原点は作曲にありますし、器楽劇の作曲も手がけてみたいと
いう気持ちは強いです。でも、私にはLATの代表として他に役割がたくさんありますので、
作曲まで手が回りません。今回の選曲は、本番までの短い練習期間を考慮して、できる
限り演奏者のレパートリーの中からイメージに合う曲を選ぶという、かなり制約のある
作業になりました。
青島 自分のよく知っている名曲だと、先入観もあってドラマに入り込みづらいと感じること
もありましたが、その場面に不思議とぴったり合うように聴こえてくる曲もありました。
禪 その曲を知っている人と知らない人とで、受け取り方はだいぶ違うでしょうね。
青島 私は思わなかったんですけれど、最後の納骨堂のシーンで、ロミオが死んだ直後にジュ
リエットが吹いた曲が明るくて雰囲気に合わないという声もあるようですが?
禪 そうですか。あのフルートの無伴奏曲は、二人がこれから天国に昇っていくことを予期
させ、暗い納骨堂に光が射し込んで天使たちが二人を迎えに来るような、そんなイメー
ジで選んだんです。場面に音楽が合うかどうかは、選曲はもちろんですが、演奏によっ
てもかなり変わります。ジュリエット役の志田さんは、最初あの曲を合唱の原曲どおり
演奏していましたが、脚本上のイメージを伝え、音符・休符にフェルマータをつけても
らうことによって、魂が消え入る感じになりました。さらにテンポを落としてもよかっ
たかもしれませんが、私のイメージは十分に表現されている演奏だったと思います。公
演後に私の頭の中をめぐっていたのが、この場面のフルートの旋律でした。
青島 音楽監督は、具体的にどのような役割があるのですか?
禪 主な仕事は、場面に合った曲の解釈を演奏者に指示することですね。器楽劇では、楽譜
の強弱記号を入れ替えるなど、既存の曲を通常とは違う風に演奏することもありますし、
脚本に沿った演奏をしてもらうための特別な注文がたくさんあります。
青島 そういえば、ピアノの音が大きくて、ナレーションがよく聞き取れなかった時がありま
した。
禪 その問題はリハーサルでも取り上げて、ピアニストに語りをかぶせている時は音量を下
げるように言ってありましたが、本番では思わず力が入ってしまうのでしょう。ピアニ
ストに制御を求めるよりも、ステージの空気を把握できる指揮者を置くべきかもしれま
せんね。
◆字幕について
青島 スクリーンの文字が、照明がついている時に読みにくかったり、演奏者の背後に隠れて
客席から読めないときがありましたね。
禪 照明の光が字幕にあたって読みづらくなるのは、字幕投影の機材の性能によってもだい
ぶ違うんです。投影機材が高級機種になると多少明るくても文字が読めますので、照明
効果の選択肢が広がります。ですが、今回はそれなりの機材しか準備できなかったこと
もありまして、照明の明るさは上演中ずっと暗めに落とさざるを得ませんでした。字幕
がかろうじて読めるぎりぎりのラインまで照明を明るくした場面などは、座席によって
字幕が読みづらかったかもしれません。でも、今回のように照明の光と投影機の光は相
反するものではなく、投影機の光も照明プランに取り込めばクリアーできる問題だった
と思うんですよ。
青島 なるほど。次回以降の課題ですね。
禪 確かに今回の公演では、字幕について悔やまれることは多いです。字幕オペレーターは、
指示されたタイミングに字幕を表示するために、楽譜とにらめっこの作業が必要になる
んですが、その重要な役割を誰がやるのかなかなか決められず、直前になって字幕作成
者がオペレーターもやることになりました。劇団のスタッフも楽器経験者ばかりですから、
その人も楽譜は読めるのですが、セリフを区切る文節の場所を前日に変更するなどの事
情もあって、直前は、リハーサルの時から演奏箇所を見失ってタイミングがわからなく
なってしまうことが幾場面もありました。リハーサルの回を重ねるごとにどんどんタイ
ミングをつかんできた様子でしたので、本番はなんとか行けるかと見込んでいたのです
が、やはり微妙で繊細な、想像以上に難しい作業なんですね。イメージどおりのタイミ
ングで字幕を表示できた箇所は少なかったと思います。それと、曲の途中でいったん演
奏箇所を見失ってしまうともう取り返しがつかなくて、ロミオとジュリエットのセリフが逆に
入れ替わってしまう危険とも隣り合わせなんです。
青島 新しい試みには、かなりのご苦労がおありなのですね。
禪 字幕に対する、私とスタッフとのイメージの食い違いもありました。字幕を作成したス
タッフは、普段はテレビCMや映画などの映像を中心に手がけていて、現代美術系の、
前衛的な感性を持った人なんです。私と字幕スタッフとは、字体の選択一つとっても、
好みが違いましたね。最低限お客様が字幕を読めるようにするだけでなく、文字の
フォント・色・大きさ・表示位置、せりふの区切り方など、変更したい箇所が山ほど
でてきました。
青島 ご満足できない点も多かったようですが、字幕を採り入れた形式そのものはいかがでし
たか? 今後もこのような字幕形式の器楽劇を上演していくのでしょうか。
禪 字幕形式は、楽器演奏と劇の融合という器楽劇の有力な一手段になると思います。です
が、試行錯誤はまだもう少し続くでしょうね。字幕を使ってみて感じたのは、字幕が出
過ぎると、クラシック鑑賞の邪魔になるということです。特に生演奏中の字幕には繊細
な注意を払わなければ…。器楽劇の中心は楽器の生演奏で、字幕は、お客様が生演奏を
ドラマに沿って解釈する補助的手段として表示されるものです。だから、出過ぎてはい
けない。当初、字幕スタッフの原案は、文字にアニメーション効果が多用されていまし
たが、動きのリズム・スピードが音楽鑑賞の邪魔になるとの私の判断で、ほとんどを削
除してもらいました。セリフも、字幕スタッフの提案で、文節ごとに細かく区切り、音
楽に合わせて少しずつ追加表示していくという方法を最初に試しましたが、表示するタ
イミングをいくら音楽に合わせても、小刻みに表示される字幕は音楽を聴くのに目障り
な感じがしたので、脚本通りのセリフの区切りに戻してもらいました。日ごろ映像の世
界で活躍している字幕スタッフからすれば、もっと色々なエフェクトを駆使できるのに、
という物足りなさがあったようですが、折れてもらう形になりました。一番最後に「The
End」と字幕に表示するアイデアも私がOKを出したわけですが、お客様の拍手が俳優
ではなく映像に向けられる光景は、生の舞台にしては不思議な感じがしました。
青島 考えてみれば私もThe Endの文字が表示された時に拍手しましたよ。その後、演奏者が
舞台に出てきてから、なんとなく終わってしまったという印象を受けましたね。
禪 実は、演奏会のように、アンコール曲が準備してあったんですよ。
青島 えっ、そうなんですか。
禪 演奏者やスタッフには、客席の雰囲気次第でアンコールも、と伝えてあったのですが、
後で聞いたところによると、タイミングをうまくつかめなかったそうです。
最後をアンコール演奏でしめることができなかったのは残念です。
青島 それはお客の方も残念ですよ(笑)。
◆今後のLATの活動
青島 こうしてお話をお聞きしますと、客席で観ているだけではわからなかった裏事情がたく
さんあって、とても興味深いですね。さて、そろそろお時間となってしまいましたが、
今後のLATの活動についてお聞かせください。
禪 器楽劇の形はまだ完成したわけではありませんので、これからも試行錯誤を続けます。
第1回と第2回は、まったく違う形式の器楽劇になりました。第3回がどうなるのか、私
にもまだわかりません。配役のある楽器演奏者が舞台に立つ…、お約束できるのはこの
点だけです。
青島 器楽劇のますますの発展が楽しみですね。次の公演はいつ頃ですか?
禪 それが、次はいつやるか、時期を無理に決めないことにしたんです。最近あらためて実感した
ことは、創造的な芸術活動は、事務的に進められる企画に比べて、準備にかかる所要時間
がきわめて読みにくい、ということです。今回の公演は、公演日を先に決めて、限られ
た時間の中で演奏・演技・演出などを並行して準備していったために、すべての面で詰
めが甘くなってしまったのは否めません。自分たちが不満足なのに、お客様が満足する
わけがないですからね。特に耳のこえたお客様には…。
青島 そういえば客席には、ピアニストの神谷郁代さんもお見えになってましたね。
禪 公演である限り、芸術文化をになう社会的責任がともないます。次回以降は、少なくとも
自分たちの間でそれなりの自信を持てるまでは、作品を公開しないつもりです。
今回の公演の反省を活かして、LATは大きく発展すると思います。
青島さんも、ぜひまた観に来てください。
青島 満を持しての次回公演、期待しています。
(2002年11月10日 東京都港区の練習場にて)
●ご意見・ご感想がございましたら、器楽劇協会 事務局までメール をお送りください。
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